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第157話 ようやく全部、私の手に戻ってきた

last update publish date: 2026-09-30 20:42:33

「続けてもいいか」

 婚約披露パーティーの壇上で、朔弥さんが私へ尋ねた。

 一条父娘と冴子が去った会場には、倒れた椅子や、澄麗が落とした髪飾りが残っている。

 係員たちが片づけようとしていた。

 私は夫の手を取った。

「続けたいです」

 ここで控室へ戻れば、会場に最後に残るのは澄麗の絶叫になる。

 それは嫌だった。

 私は朔弥さんの隣に立ち、この場を、私たちを祝ってもらう席へ戻したかった。

 朔弥さんが司会者へ頷く。

 照明が戻り、止まっていた音楽が流れ始めた。

 澄麗が座るはずだった椅子は下げられた。

 壇上の中央には、私と朔弥さんだけが残る。

「改めて、ご報告します」

 朔弥さんが私の手を持ち上げた。

「私は高瀬真尋さんへ求婚し、受けてもらいました。近く、結婚式を挙げます」

 最初に立ち上がったのは、先ほど私へ頭を下げた役員だった。

「高瀬さん。祝いの席で申し上げることではないかもしれませんが、改めて謝罪させてください」

 役員席から、私をまっすぐ見ている。

「再建案の数字を作り直し、離れかけた取引先をつなぎ、現場に残った社員をまとめた。御門
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  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第157話 ようやく全部、私の手に戻ってきた

    「続けてもいいか」  婚約披露パーティーの壇上で、朔弥さんが私へ尋ねた。  一条父娘と冴子が去った会場には、倒れた椅子や、澄麗が落とした髪飾りが残っている。  係員たちが片づけようとしていた。  私は夫の手を取った。 「続けたいです」  ここで控室へ戻れば、会場に最後に残るのは澄麗の絶叫になる。  それは嫌だった。  私は朔弥さんの隣に立ち、この場を、私たちを祝ってもらう席へ戻したかった。  朔弥さんが司会者へ頷く。  照明が戻り、止まっていた音楽が流れ始めた。  澄麗が座るはずだった椅子は下げられた。  壇上の中央には、私と朔弥さんだけが残る。 「改めて、ご報告します」  朔弥さんが私の手を持ち上げた。 「私は高瀬真尋さんへ求婚し、受けてもらいました。近く、結婚式を挙げます」  最初に立ち上がったのは、先ほど私へ頭を下げた役員だった。 「高瀬さん。祝いの席で申し上げることではないかもしれませんが、改めて謝罪させてください」  役員席から、私をまっすぐ見ている。 「再建案の数字を作り直し、離れかけた取引先をつなぎ、現場に残った社員をまとめた。御門がここまで戻れたのは、あなたの働きがあったからです」  別の役員も立ち上がった。 「それなのに、会社の都合であなたを担当から外しました。申し訳ありません」 「社長にも、この会社にも、あなたが必要です。復帰を待っています」  これまで何度も、家や会社の都合を理由に、仕事を辞めろと言われてきた。  妻だから。妊娠したから。一条家にとって邪魔だから。  私が続けたいかどうかを、聞かれたことはなかった。  その会社の人たちが今、私のしてきた仕事を見て、戻ってきてほしいと言ってくれている。  ようやくだ。  仕事も、夫の隣に立つ場所も、自分の人生を自分で決める権利も。  奪われ、手放すよう迫られたものが、ようやく全部、私の手に戻ってきた。  肩から力が抜けた。  嬉しいのに、目の前に並ぶ役員たちの顔が涙で滲んだ。  返事をしようとすると、声が少し震えた。 「ありがとうございます。出産後、必ず戻ります」  役員たちが頭を下げた。  社員の席から「おめでとうございます」と声が上がり、一人、また一人と立ち上がる。  拍手が会場を満たした。  父が笑っている。  眼

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    「御門への圧力を始めたのは、お父様です」  澄麗は、父親を見たまま話し始めた。 「朔弥さんが真尋さんを選ぶなら、一条との取引を止める。会社が困れば、最後には言うことを聞くとおっしゃったわ」 「黙りなさい」 「どうして? 私だけのせいなのでしょう?」  雅臣が壇上へ上がろうとする。  係員に止められると、今度は会場の責任者へ怒鳴った。 「この会を終わらせろ!」  誰も照明を落とさなかった。  マイクも切れない。  澄麗は笑っていた。  頬を涙が伝っているのに、拭おうともしない。 「役員の方へ話を通したのも、お父様。真尋さんのお父様の事務所へ圧力をかけたのも、お父様の指示よ。何かあっても、一条が処理すると言ったじゃない」 「私は、人を殺せとは言っていない!」  会場が静まった。  雅臣は、自分が何を否定したのか気づいたらしい。  開きかけた口を閉じた。 「殺すつもりだったと、知っていたんですね」  私が尋ねても、答えなかった。  澄麗の視線が、冴子へ移る。 「冴子さんも同じでしょう。離婚届を出せば終わる。子どもだけ御門へ迎えればいい。母親なんて、あとからどうにでもなるとおっしゃったわ」 「そんな言い方はしていません」 「嘘!」  澄麗の甲高い声が、会場を裂いた。  澄麗が初めて、敬語を捨てた。 「私こそ御門の嫁にふさわしいって言ったじゃない! 真尋さんは年を取りすぎている、仕事ばかりで妻の役目も果たせないって!」 「あなたが勝手に――」 「離婚届を盗んだのはあなたでしょう!」  二人の声が重なった。  さっきまで同じ席で笑っていた人たちが、互いを指さしている。  澄麗は乱れた髪を直さないまま、私を見た。 「あなたが全部悪いのよ!」  マイクを握った手が、白くなる。  尖った声と一緒に、指まで私へ突きつけられた。 「子どもの父親だって、本当に朔弥さんかわからないじゃない。城戸さんと何度も会って、あんな写真まで撮られて!」  城戸さんが席を立った。 「高瀬さんと、そうした関係になったことはありません」  澄麗は城戸さんを睨んだ。 「あなたも、その人が好きだったのでしょう!」 「だからこそ、本人が選んだ相手を傷つけることはしません」  城戸さんは、それ以上話さずに座った。  私はマイクを持った

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第155話 私だけのせいにするの?

    「私だけの責任だとおっしゃるの?」  冴子は、椅子の背に置いていた手を離した。  婚約披露パーティーの壇上で、雅臣と向き合う。 「一条が資金を戻す。澄麗さんが真尋さんを納得させる。だから役員たちも動いたのでしょう」 「娘一人に任せた覚えはない。離婚届は、あなたが処理すると言ったはずだ」  会場のカメラが、一斉に冴子へ向いた。  冴子の肩がわずかに跳ねた。  並んだレンズを見回し、出口へ目を向ける。けれど通路には係員が立ち、報道関係者は一台もカメラを下ろさなかった。  冴子はいつもの微笑を作ろうとした。  上がったのは口角の片方だけだった。 「処理だなんて、人聞きの悪い」 「保管していた書類を提出したのは、母さんだ」  朔弥さんが割って入った。 「俺たちの意思を確かめずに持ち出した。離婚届を撮影させ、一条側へ渡したことも、扱った者が認めている」 「あなたたちが、いつまでもはっきりしないからでしょう!」  冴子の声が変わった。 「家を守るには、誰かが決めなくてはいけなかったのよ」 「だから俺の妻を外したのか」  答える代わりに、冴子は澄麗を見た。 「あなたが、真尋さんを自分から退かせると言ったのよ」 「私だけに押しつけないでください」  澄麗が、すぐに言い返した。  役員席へ腕を伸ばす。 「皆様だって、昨日までは私を朔弥さんの婚約者として迎えるとおっしゃっていたでしょう! 御門と一条の縁談しか会社を救う道はないと、そうおっしゃったわ!」  役員席から、一人が立ち上がった。 「その判断が誤りでした」  逃げずに澄麗を見てから、私へ向き直る。 「一条家との縁談を経営再建の条件として扱い、高瀬さんを担当から外す人事にも賛成しました。会社のためだと言いながら、一人の社員へ責任を押しつけた。申し訳ありません」  深く頭を下げた。  ほかの役員たちも立ち上がり、続いて頭を下げる。  澄麗は、並んだ役員の顔を端から見た。  一人ずつ名前を呼びそうに唇を動かす。けれど、誰も婚約者の席へ戻れとは言わなかった。  手の中でマイクが震え、甲高い音が会場へ走った。 「今さら、謝って終わりにするの?」  澄麗の声が高くなった。 「私だけを壇上へ上げて、都合が悪くなったら間違いだったと言うの? 冴子さんが、御門側はすべて押さえ

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第154話 その脅しなら、もう終わっています

    「一条を敵に回して、御門が無事で済むと思っているのか」 「その脅しなら、もう終わっています」  朔弥さんは、雅臣から私を隠すような立ち方をしなかった。  私の手を握り、二人で同じ場所に立ったまま答えた。 「何?」 「本日の午前中、取締役会を開きました。私の代表取締役解職を求める議案は、否決されています」  雅臣の顔から、怒りが一度消えた。 「そんなはずはない」  会場にいる御門の役員たちを振り返る。  一条側と話をしていた人たちも、今日は同じ席にいた。 「君たちも、出席したんだろう」  名指しされた役員が、膝の上の資料を持ち直した。 「はい」 「なら、なぜ私に知らせなかった」 「正式な取締役会の内容です。一条様へ先に報告するものではありません」  雅臣が言葉を失った。  以前なら、その問いを向けられた役員は、すぐに謝っていたのかもしれない。  けれど今日は、頭を下げなかった。  朔弥さんが壇上の画面を切り替えた。 「解職案の否決だけではありません。既存の再建計画を継続し、外部提携先との契約、金融機関との融資契約も、本日までに締結しています」  署名と日付の入った書面が映る。  真尋と現場が作った数字を見てくれる相手と話す。  パーティーの準備をしていた頃、朔弥さんがそう言っていた。  その答えが、いま目の前にある。 「一条が資金を引けば、御門は立ち行かないはずだ」 「一条の条件を受ける必要は、もうありません」  会場の後方で、金融機関の担当者が頷いた。  提携先の代表者も立ち、契約が成立していることを認める。 「妻と別れ、一条が認める経営者へ替わらなければ会社を支えない。そんな条件で社員を守ったことにはなりません」  朔弥さんは、役員席へ向き直った。 「御門の役員が、会社の決定をまず一条へ報告する。その習慣も、今日で終わりです」  先ほど雅臣に問い詰められた役員が、資料を置いて立ち上がった。 「今までは、それが当然だと思っていました。御門の決定を一条家へ先に伝え、了承を得てから動く。ですが、その慣習自体がおかしかったのです」  雅臣が振り向く。  役員はもう、目を逸らさなかった。 「もう終わりです。御門の経営判断は、御門の取締役会が責任を持って決めます」  別の役員も頷いた。 「一条家の意向

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第153話 俺が結婚するのは、彼女です

    「では、誰と結婚するというの!」  先ほどより高くなった澄麗の声が、控室まで届いた。  画面の中で、朔弥さんは答えず、宴会場の後方を見た。  同時に、控室の扉が開く。 「お時間です」  迎えに来た係員が頭を下げた。  父が立ち上がり、私へ腕を差し出す。 「行こうか」 「うん」  私は父の腕へ手を添えた。 「怖いか」 「少しだけ。でも、もう隠れたくない」 「なら、顔を上げなさい」  廊下を抜けると、宴会場の大きな扉が左右へ開いた。  何百もの視線とカメラが、一斉にこちらを向く。  お腹を締めつけない淡い色のドレスを選んだ。  左手には、二本の指輪がある。  一歩目だけ、足が重かった。  父は私を引かなかった。急かさず、私が自分で踏み出すのを待っている。  私は顔を上げ、会場へ入った。  壇上で、澄麗がこちらを見ていた。  白に近いドレスを着たまま、さっきまでの笑みを失っている。  朔弥さんが壇上を降りた。  長い通路を、まっすぐこちらへ歩いてくる。  澄麗も、役員席も、向けられたカメラも見なかった。  最後に迎えに行くと言った人の目は、最初から私だけを見ていた。  父の前で止まると、軽く頭を下げた。 「真尋さんを、お借りします」 「返すつもりはあるのか」 「ありません」  父が笑った。 「なら、大事にしてくれ」  父は私の左手に並ぶ二本の指輪を見た。  それから、自分の腕から離した手を朔弥さんへ渡す。  朔弥さんの指が、私の指へ深く絡んだ。 「待たせた」 「ずいぶん、溜めましたね」 「最後まで信じると言っただろう」 「信じていました」  少し腹が立っただけです、と続けると、彼の口元が緩んだ。  二人で壇上へ戻る。 「どうして、その人が出てくるの!」  澄麗が私たちの前へ立とうとした。係員に止められる。  声が高く跳ねた。入場した時の、よく通る落ち着いた響きはもうない。 「その人はもう妻ではないわ。離婚届は受理されたでしょう!」  朔弥さんは私の手を持ち上げた。  二本の指輪へ、会場の照明が当たる。 「届出は受理されました。ですが、提出された時、俺たち二人に離婚する意思はありませんでした。現在、記録を正す手続を進めています」 「でも、離婚を告げたのはあなたでしょう」 「あ

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第152話 ここまでして、俺が君と結婚すると思ったのか

    『一条澄麗さんではありません』  控室の画面の中で、会場の拍手が止まった。  澄麗は笑ったまま、朔弥さんを見上げている。  聞き取れなかったのだと思うまでに、数秒かかった。 『……何を、おっしゃっているの?』  朔弥さんは、絡んでいた澄麗の手を自分の腕から外した。 『俺は、あなたとは結婚しません』 『では、どうして私をここへ呼んだの』  澄麗の声が高くなる。 『君が何をしたのか、ここにいる全員に見てもらうためです』  朔弥さんが壇上の画面へ合図した。  最初に映ったのは、私が渡した念書だった。  仕事を辞めること。  私から離婚を切り出すこと。  城戸さんとの関係を説明し、御門の印象を傷つけないこと。  その見返りとして、父の事務所と城戸ホテルズへの照会を止める。  最後に、一条澄麗の署名が映った。 『真尋さんも納得なさったことですわ』  澄麗は画面から顔を背け、招待客へ訴えた。 『ご家族のことを心配されていたから、私が間に入っただけです。無理に署名させたわけではありません』 『父親の仕事を人質にして、妻に退職と離婚を選ばせることの、どこが助けなんだ』  澄麗の唇が止まる。  雅臣が席を立った。 『娘が個人で交わした書面だ。一条家の意向ではない』 『では、なぜ澄麗さんが、一条側の照会を止めると約束できたんですか』  朔弥さんが聞くと、雅臣は答えなかった。  画面が切り替わる。  左腕を固定した榊原さんが、正面を向いていた。 『一条澄麗さんの依頼で、高瀬真尋さんの通院先と、御門さんご夫妻の生活を調べました』  クリニックの出入口。  郊外施設で、城戸さんが私を支えた瞬間。  私たちの寝室の窓へ向けられたカメラ。  私的な写真そのものは映らない。代わりに、撮影を依頼した文面と支払いの記録が示された。 『城戸さんが高瀬さんを助けた場面は、前後を外して提出しました。不倫関係に見える写真が必要だと言われたからです』 『その女は、お金のためなら何でもする人よ!』  澄麗が叫んだ。  招待客の席から、城戸さんが立ち上がる。 『写真の前に、高瀬さんは足を滑らせています。私は支えただけです。それ以前にも、それ以後にも、高瀬さんと不貞関係にあった事実はありません』  澄麗が何か言い返す前に、榊原さんの映像が続

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第4話 もう、都合のいい妻ではいられない

    「真尋。今はやめろ」  掴まれた手首が痛い。  腹の奥が焼けて、呼吸が乱れた。  叫びたかった。この場で全部、ぶちまけたかった。  彼の顔を見た。  そこにあったのは、私への心配ではなく、場を乱された苛立ちだった。  胸の奥を、鈍いものが刺した。  そのとき、澄麗の声が届いた。 「ごめんなさい。私、何か失礼でしたか?」  澄麗は困ったように目を伏せる。  完璧だった。責めたほうが浅く見える形に、もう整っていた。 「……いいえ。お気遣い、ありがとうございます」  噛みしめた唇が切れ、舌の裏に鉄の味がした。  朔弥さんの手が離れる。  そこだけが、熱を持って痛んだ。

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第3話 それ以上、口を開いたら

     昔、午前二時の会議室で、朔弥さんが紙コップのコーヒーを私の手元に置いたことがある。  御門ホールディングスを再建させようと二人で必死だったころ。  私の一番好きなオートミルクラテだった。 「まだやるのか」 「数字が嘘をついているので」  彼は私の肩越しに資料を覗き込み、すぐ近くで小さく息をついた。 「そういうところだ。せめて休むときは休め」  低い声が近すぎて、あのころの私はそれだけで少し浮き足立った。  彼が私を気にかけてくれているのだと、本気で思った。  再建の底で、ああいうくだらないやりとりができる夜だけは、私たちはたぶん同じ側にいた。  なのに今は

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第2話 離婚の朝、知らない香りがした

     朔也さんは一晩中帰ってこなかった。  私が送ったメッセージも、既読のまま返事はなかった。  翌日、会社の空気は昨日より少しだけ悪かった。  数字が悪いわけでも、会議が荒れているわけでもない。ただ、人の視線だけが妙に湿っている。そういう日の会社は面倒だ。問題が表に出る前に、誰かが勝手に物語を作っている。  エレベーターを降りた瞬間、すれ違った総務の二人が、私を見るでもなく声を落とした。 「やっぱり、社長とは昔からそういう感じだったんだ」 「二人、本当にお似合いだよね」 「でも今さら入るんだ。しかもブランド戦略って」  一条澄麗。  帰国した、若くて、家柄もよくて、米国の名門

  • 子どもはまだかと責められ、夫には離婚を告げられましたので、都合のいい妻は卒業します   第1話 子どもの名前は、もう決められていた

     ――子どもは、まだなの。  御門家の朝食卓で、その問いは天気の話みたいな顔で落ちてきた。  問いというより、確認だ。いつまで待たせるつもりなのか、と。銀のスプーンが白い皿に触れる小さな音のほうが、よほどやさしい。 「仕事が忙しいのはわかるけれど、女には期限がありますからね」  義母の冴子は穏やかに微笑んだ。  露骨に責める人より、こういう人のほうが厄介だ。やさしい声のまま、逃げ場のないところだけを刺してくる。  隣では、義祖母の千鶴が新聞を畳み、こちらも見ずに口を開いた。 「会社を支えたことは評価しているわ。でもね、真尋さん。妻の仕事は、それだけじゃないの」  喉の奥が細くな

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